再び伊達市内を走行中の話。
千歳、苫小牧、白老、登別、室蘭と高速道路を走っているときに私が心に決めていたことは、「昼はラーメンにしよう」ということだった。
ところが、伊達のインターで高速を下りたところで私は自分でも信じられないような心変わりをしてしまった。
そのときカー・オーディオから流れていたのはラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943 ロシア)のピアノ協奏曲第3番ニ短調Op.30(1909)の最後の最後。
私はカレーを食べたくなった。
それも無性に。
この気持ちわかってもらえますか?
もう10年以上も、いやもっと前かもしれないけど、中村紘子が出ていたカレーのコマーシャル。そこでこの曲尾の部分が使われていた。コマーシャルってものによって長期間に及ぶ影響力がある。いや、音楽の力と言うべきか?
Homacでレーダー探知機を見て、でも購入には至らず、車をその駐車場に置いたままあたりをうろついた。
そして私は通り沿いの喫茶店というかカフェというかの前に“カレーライス”というピンク地のノボリが立っているのを発見した。この喜びは書き表せないほどだ。
ほとんど躊躇せずに入った。
カレーの味はそこそこだった。
一口食べたあと、そっとスプーンを皿に置き、左手を広げ、右手を握り、左手の手のひらに右手のこぶしを打って、「うまい!」と叫ぶほどのものではなかった。あるいは膝を打つには至らなかった。
自慢のカレーとメニューに書いてあったが、なるほど、自信作だということは伝わる味だった。
でも、余計なことだが、私だって自分が作るカレーは自慢のカレーだ。
最初っから自分で自慢にもならないカレーと宣言したものを、なぜ作らねばならないのか?そんなの食べる喜びがはなっからないではないか!
そういう意味では目玉焼きだって、自慢の目玉焼きになるのだ。
さて、このカレーライスで不満だったのはご飯の硬さだ。
めっこご飯かと思ったが、カレー用に硬めに炊いているのだろうか?芯が残っているのである。
カレールーをかけてあるとはいえ、このライスは口触りがあまり良くなかった。
急きょメニューをチェック。
すると、ご飯をそのまま供するもの-たとえば生姜焼き定食とか、カツ定食といったもの-はなく、ピラフとドリアがあるだけだった。つまり、そのままご飯を出すメニューはない。
やっぱり、わざと硬めに炊いているのだろうか?あるいは輸入米だったのだろうか?
欲求を満たした後、私はちょっと胃もたれに襲われた。
たぶん硬いご飯が胃に負荷をかけたのだろう。
飯ごうでご飯を炊いたけど失敗しちゃった。でも、カレーだからがまんして食べましょう。青空の下ならなんだって美味しいわよ、ってキャンプしているわけじゃないんだから、ご飯は芯の無いように炊いてほしい。私の好みでは。
ラフマニノフのコンチェルトだが、そのとき聴いていたのはトルプチェスキのピアノ独奏、ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルの演奏。
ペトレンコについてはこれまで私はまったく裏切られていないが、この演奏もすばらしい。
こんなに爽やかなラフマニノフの3番を、私は初めて聴いた。おじさん、まいっちゃうぅ~って状態だ。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番はねっとりして濃厚な音楽だ。それがラフマニノフの音楽の特徴であり、魅力でもある。ただし、あまりにも叙情的なロマンティシズムは時として胸焼けを起こしたり、息苦しくなったりする。
トルプチェスキ&ペトレンコは若々しく軽快。しかしラフマニノフの持つ魅力失われていない。粘着性や甘美さと現代的感覚の、そのさじ加減がおみごとだ。
多くの演奏がとんかつソースから中濃ソースの味わいだとしたら、この演奏は中濃4にウスター6ってところ(数字にはこだわらないこと!)。
ラフマニノフのちょっとばかり病的なむせび泣き付きメタボ感が好きな人には物足りないかもしれないが、私には十分ロシア的だし、聴いていて酸欠になる心配もない。
あらたなアプローチとして非常に値ある演奏だ。特にこの季節に聴くには良い。
2009録音。Avie。
グルメ
まだ朝のこの時刻だっていうのに、もう36.2度もある。
おっと、早とちりしてはいけない。
灼熱の朝を迎えているのではない。
私の体温のことだ。平熱だ。本日も異常なし!
にしても、夏である。
毎日昼食は外で食べる私である。
このあいだは社内のオオサワ課長と一緒にランチ・デュエット!るんるん。
彼「どこ行きます?」
私「どこ行こうか?」
彼「何か食べたいものあります?」
私「いや、特にない」
彼「だったらまた昨日と同じ店になってしまいますよ」
私「それはあまり気乗りしないなぁ」
彼「じゃあ、あそこにしましょうか?」
私「そうしようか」
私は“あそこ”がどこか理解しないままそう答えた。
で、彼が向かった“あそこ”とは4区画ほど離れた場所にある食堂だった。
この店に来るのは3月以来だ。
私「親子丼!」
彼「冷やしラーメン!
注文するとオオサワ課長はさびしげに嘆いた。
「どうして冷やしラーメンって夏季限定なんでしょうね?ソバやウドンは年がら年中冷たいのがあるっていうのに、冷やしラーメンは夏だけ。これっておかしいと思うんですよ。どうしてなのかなぁ」
なるほど、彼の疑問はなかなかいいところを突いている。そして、このとき私は、実はオオサワ課長は、ふだん口に出して公言することはないものの、冷やしラーメンを愛しているということを垣間見た気がした。
なぜ夏季限定なのか?
たぶん外が吹雪の店内で冷やしラーメンを頼む人はいないからだと思う。
でも、私はもっともらしいことを言い、さらにアドバイスした。
「冬になるとトマトやキュウリが高くなるからでしょう。もし冬の間も冷やしラーメンを食べたいなら、今のうちからベルの“冷やし中華のタレ”を買いだめしておけばいいと思うけど」
オオサワ課長は「ミツカンじゃだめですか?」とも言わず、目を細めてずっと壁の“冷やしラーメン700円(夏季限定)”という張り紙を50km先の先の山並みを見るかのように見ていた。
食べ終わり私は680円を払った。
オオサワ課長は700円を払った。
夕方になって、彼は「おなかがすいた。親子丼より冷やしラーメンの方が高いのはおかしい」と控えめに言っていた。時差的に納得いかないことが顕在化した瞬間だった。
その数日後。
私はたまたま一人ぼっちで昼を食べなくてはならないことになり、とあるラーメン屋に入った。
メニューには“冷やしラーメン(夏季メニュー)”というのがあった。
もちろん私は、迷わずにチャーハンを頼んだ。
だって私、あんまり冷やしラーメンが好きじゃないんだもの。年に1度突然食べたくなるかどうかって程度だ。
しかも、今季は札幌ですでに1回食べている。その店のも700円だった。キュウリとハムとクラゲと卵焼きと紅ショウガがのっていたが、やっぱり割高感は否めなかった。ラーメンより高いというのがどうも不思議に思ってしまう。
そのラーメン屋のチャーハンだが、中華だしの素の味が全体に見事になじみ、ちょいとしょっぱめに塩コショウで味付けが成されており、私が自分で作るものに勝るとも劣らない味であった。つまり。賞賛の言葉を思い浮かべることが困難であった。。
この店では前にしょう油ラーメンを食べたことがあるが、ラーメンの方は脂っぽくなく、かといってあっさり過ぎるわけでもなく、かつコクもなくて絶賛しようにも言葉がみつからなかった。
となると、三冠も夢ではない。おじちゃんと2人のおばちゃんにはたして冠は与えられるのか?
そのためには好き嫌いをせずに冷やしラーメン(ちなみにここは800円)に挑戦すべきだろうか?夏は短い。残された時間は少ない。
マイアベーア(Giacomo Meyerbeer 1791-1864 ドイツ→フランス)の「戴冠式行進曲(Marche du couronnement)」。歌劇「預言者(Le prophete)」(1849初演、パリ)のなかの1曲で、この歌劇中ではおそらく最も広く知られている。単独で演奏されることが多く、多くの人が曲名を知らなくとも耳にすると、「あっ、どっかで聴いたことがある」という立場に追い込まれるはずだ。
たとえばイベントの参加者を募るお金をかけていない静止画の“全北海道ミオシン同好会主催第2回トノサマガエル跳躍大会”のコマーシャルなんかで使われがちな曲なのだ。
マイアベーアはユダヤ系で、歌劇作曲家として成功した。
音楽的効果と劇の視覚的効果を結びつける才能に長け、グランド・オペラの形式の確立者として名声を博し、ワーグナーにも影響を与えたほどだが、死後は作品の評価が急落してしまった。
「預言者」はE.スクリープの台本による5幕のオペラ。16世紀におこった再洗礼派の反乱を扱っている。
預言者と名乗って戴冠式をあげた首領ヤンは、オーベルタール伯爵が狙うベルタと恋に陥る。ヤンは伯爵に許可を求めるが、伯爵はこれを許さず、反乱が起きて市は焼け落ち、彼は宮殿の中で母とともに死ぬ、という筋。これだけだとよくわからないけど……
ところで“預言者”のことを“予言者”と書いているのをたまに見かけるが、この2つはまったく違う。
聖書にはしばしば“預言”という言葉が出てくるが、これは神のお告げを言うこと、もしくはその言葉である。それを語る能力を持った(霊感を受けた)者が預言者である。
一方、予言は未来のことを推測していうこと、もしくはその言葉。つまり予言者はノストラダムスである(というブームも昔はあった)。
“神の予言”なら、神が「この先、ゴジラが出てくるでぇ~」と言うことだし、“神の預言”なら、「神は『ニポンなる国にMUUSANという素敵な男性がいるであろう』と語っておられる」てなことになる(神の預言だ。文句は言うな!)。
三冠にちなんで、あと2曲、“冠”系の曲を取り上げようと思ったが、長くなってきたのでやめることにする。
とりあえずCDは行進曲ばかりを集めたオムニバス盤を。
タイトルは「40 Famous Marches」。「これがFamousかいな?」と思う曲も入っているが、そういうことはこの世にありがち。
この曲の演奏はボニング指揮ロンドン交響楽団。
1971録音。デッカ。
一応、三冠を目指すあのラーメン屋のチャーハン、熱々ではあった。
そこは賞賛されるべき重要な点であるだろう。
〈前回までのあらすじ〉
突然私の住む町へ来るというアルフレッド氏からの連絡を受け、私は多忙な毎日を送っているにもかかわらず、なぜかこの日は奇跡的にフリーであったため、一緒に食事をすべく、私は彼に、市内の百貨店の玄関前にあるライオンならぬ鹿の置物にまたがって待っているように指示した。
♪
私たちは市内でも有名な焼き肉店に行った。
この店は前にも紹介したことがある。
「わぁ~、ここ来てみたかったんです」とアルフレッド。
こういう言葉を聞くと、私としても善行したようでなんとなくうれしくなる。
しかし、いろいろ話をしているうちに、彼が過去にもここに来たことがあるのが明らかになった。正しい日本語を使いなさい!
例⇒「ここ、また来てみたいと思ってたんです」、「前に来たことありますけど、すっごく美味しいですよね。うれしいなぁ」「前に来たことなんてないです。忘れてしまってますから」etc,etc……
カルビとサガリとタン塩とジンギスカンと塩ホルモンを注文し、私は塩ホルモン以外を何枚かずつ食べた。
ここでの報告事項は以上である。
焼き肉にすることに決めたのは私だ。
だが、居酒屋が休みで、中華料理屋は誰も電話に出ず、その結果の選定だった。
私の心の中は熱々の湯気が上がっているカニチャーハン。あるいはバランスの良い塩加減の和風スパゲティに支配されていたからだ。モードがそういう風になっているとき、たとえそれがどんなに美味しくとも、気持ちを切り替えるのは大変だ。
うな重を食べようと店に行ったら休みで、しかたがないから、代わりにその近くの超有名うどん屋できつねうどんを食べたとしても、あなたはウナギのモードから抜けきることができず満足感は得られないだろう。そういうものだ。
だから焼き肉にもこの焼き肉店にも何の罪もない。
いろいろと話が弾み、とても楽しい時間を過ごしたが、不思議と何を話したかあまり記憶にない。煙とともに排気口から逃げていってしまったかのようだ。
ただ、彼もアイゼンシュタイン氏とはその後連絡を取ってなく、どうなっているのか不明であることが判明した。食事前に彼は「あとから電話してみましょうか?」とおちゃらけて言っていたが、肉を焼き始めてからはすっかり忘れているらしく、ついぞそのようなことをしなかったし、はっきり言って私もすっかり忘れていた。翌朝になってそんなことを言ってたっけなぁと、思い出した。
焼き肉屋で十分おなかは満たされたはずだ。
しかし、仕上げはソバ。
今回“長次郎”という間違いを犯したアルフレッドのために、“長”にちなんで“長寿庵”に行く。
この店は、少し前にナシニーニ氏と来たことがある店だ。考えてみればそのときは、正次郎→長寿庵というルートだった。
私はかしわせいろ、アルフレッド氏は天かしわそば、〇〇氏は、はて?いったい何を頼んだんだっけか?
ということで、突然開催が決定した宴は終了、夜想曲が似合う時間帯に解散した。こう強制的に終わらさなければ「道化師の朝の歌」の時間帯になってしまうのだ。
ボロディン(Alexander Borodin 1833-87 ロシア)の弦楽四重奏曲第2番ニ長調(1881)。
4つの楽章からなるが、第3楽章「夜想曲」が非常に有名。
この曲はボロディンが妻に愛を告白してから20周年を迎えた記念として、妻に献呈されている。そのような背景のせいだろう。全曲を通して甘美で温かみのある音楽で、19世紀ロシアにおける室内楽作品の代表作の1つと言われている。
私がよく聴いているのはモスクワ弦楽四重奏団の演奏によるもの。
1995録音。ブリリアント・クラシックス。ボロディンの室内楽作品集。
ところで本州の人には“サガリ”という名はあまりなじみがないかもしれない。
簡単に言うと“ハラミ”のことだが、厳密には違う。
“ハラミ”は牛の横隔膜のことだが、“サガリ”はそのなかの横隔膜の腰椎に近い部分を指す。ただし、“サガリ”と“ハラミ”を分けずに“ハラミ”と言う場合もある。ただし北海道では“ハラミ”という呼び方で供されたり売られたりしていることはあまりなく、“サガリ”である。
この日、昼食を食べそびれたといいながらも、サガリを遠慮がちに食べていた〇〇さんについて少し触れておこう。
彼は”どら猫酔狂堂”の社員ではなく、ここと組んで仕事している会社の社員である。
とてもまじめで、きちんとした仕事をこなしてくれる。
そんな彼は、実は熟女好きなんだそうだ。
30歳半ばながら、70歳位でも許容範囲だと言っていた。何の許容の範囲なのかはよく知らないが……
私のところに届いたこんなメールが〇〇さんのところに届いたなら狂喜乱舞しちゃうかもしれない。なんせ“完熟”どころか“甘熟”ですもん。
お世話になります、高野倫子と申します。
検索結果に該当された貴方様に、コミュニティクラブ【甘熟ママ】事務担当:高野倫子がお伝えします。より納得していただいたうえで【甘熟ママ】にご参加いただくため、よくある質問と回答をご紹介させていただきます。
1)なぜ会員制なのか?
会員制コミュニティクラブと聞くと抵抗を感じられるかもしれませんが、 家庭やプライバシーを守るには、主婦や奥様がクラブを間に挟むことで、「御相手」と自由な匿名交際が可能になるのです。
2)男性からも探せるのか?
男性は「御相手」として登録いただくことで、女性会員からの御誘いを受け取れます。
もちろん男性会員からの御誘いも可能です。ナウタイム検索を使えば今すぐの密会も可能です。
3)なぜ完全無料なのか?
主婦たちの読者交流からはじまった【甘熟ママ】は、女性会員からの会費で成り立っています。
また大変な人気のため女性誌に広告出稿⇒さらに女性会員増⇒再び広告出稿と好循環ができています。
尚、現在では女性会員と御相手とを結ぶ機能に特化しており、低コスト運営が可能になっております。
重ねて申し上げますが、【甘熟ママ】では真摯な御相手を求めております。主婦の方々の参加理由は、人によって異なりますが、どなたも本気で交際を求められています。
それも、じっくり恋するというのではなく、ほとんどの方が割り切った関係を望まれており、
御誘いのメールではかなりストレートな内容になっておりますが、どなたもふつうの主婦の方ばかりです。
ただ家庭での心の渇きを満たしたいだけなのです。
◆興味をもっていただけましたら、御相手として無料登録をお願いいたします。
こちらからお願いします
⇒http://www.joobdai.com/k*******/
※基本的に男性の方に費用は一切かかりません。
【甘熟ママ】は女性会員様からのクラブ費で成り立っています。
※また当クラブの性質上、期間限定での受付となっておりますので、
通知なく受付を終了させていただくことがございます。
ご了承ください。
(その際はリンク切れとなります。)
よろしくお願い申し上げます。
高野倫子
こういう女性たち、“はらんだ”らどうするんだろう?まっ、こういうママは実在しないんだろうけど。
なお、私に置かれては、「検索結果に該当された」って意味が、ぜんぜんわからない。
にしても、〇〇さん、山田五十鈴が亡くなって落ち込んでないかなぁ?
さて、今出張で札幌へ戻って来ている。
昨日と今日が業務。明日は夏休みをとった。
ということは金~月が休みである。
庭仕事しなきゃ……
でも今日は雨。植物にとっては久々のお湿りだ。が、明日以降は晴れてほしいなぁ。
今年新たにわが庭に仲間入りしたバラの1つ、“ストラボ・バビロン”が咲いた。
かわいい!が、想像していたほどではなかった。しゅん……
先週のことだが、札幌は大通り、その近くのビルの地下にあるイタリア料理店に行った。
ここは味もまあまあだし、値段もそう高くはないので、これまでも何度か利用してきた。
しかしこれからの話の展開上、店名は書かない。が、そのイメージ写真をまずは載せておく。バラに詳しい人なら店名がわかっちゃうかもしれない。
その日、私は最初にビールを飲んだ後、ウイスキーのハイボールを頼んだ。もちろんメニューに載っているものであり、私が特別にわがままを言って作ってもらったものではない。そのときに、レモンも注文した。「くし切りかスライスで、ちょっと多めにお願いしたいんですが。もちろん、別料金で構いません」
それを受けた女性店員(たぶんアルバイトだろう)は、少々お待ちくださいと答えて、奥に行った。
戻って来た彼女は、「1個分でよろしいでしょうか?その分の代金は結構ですので」と笑顔で言った。
すばらしいではないか!
こうして私は、レモン入りのハイボールを味わうことができた。1杯につき2切れ分のレモンを絞る。こうして飲み続け、4杯飲んだところでレモンが無くなった。
再び注文する。「ハイボールと、レモンをあと2切れいただけないでしょうか?料金がかかるならそれで構いませんので」。先ほどのお姉ちゃんが、「はい」と言って下がる。
そのあとである。
チーフか何か知らないが、少なくともお姉ちゃんよりも格上らしい、多分は正社員の男性店員がやって来た。
「お客さま、申し訳ありませんが、当店ではレモンを提供しておりません。お金をお支払いいただくと言われましても、メニュー設定しておりません。ですから先ほどのはサービスさせていただきました。しかし、これ以上は……」
「そうですか。もうレモンはないんですか……」
「ウチは居酒屋ではありませんので」
この言葉に私は強い抵抗感と不快感を覚えた。
居酒屋よりも高級で、酒飲みのための店ではない。
そういうニュアンスが感じられたのだ。
でも、そんなのウソだ。
ワインを頼んだなら、喜んで頼んだ分だけ持ってくるだろう(実際、ワインの種類は豊富なのだから、やっぱ飲むことを奨励しているのだ)。
レモンがないなら「ない」と言ってくれれば、それで私は納得する。
私がハイボールの飲み過ぎだとでも言いたいのなら、端的に「もうやめときなさいな」と、店じまいするときの屋台のオヤジのように言えばいいのだ。でも、私はハイボールを10杯飲んだわけではないのだ。
まったくおっしゃる通りで、これなら最初から居酒屋に行けばよかった。つぼ八なら吐くまで飲ませてくれるだろう。
あの言い方、どう考えても失礼だ。私にも全国の居酒屋にも。
あぁ、また腹立たしくなってきた。
もう2度と行かない、とまでは言わないが、ほとんど行くことはないだろう。
「モルテ・グラッツェ!」って言われてもね……
ヨハン・シュトラウスⅡ世(子)(Johann Strauss Ⅱ 1825-99 オーストリア)のワルツ「レモンの花咲くところ(Wo die Zitronen bluh'n)」Op.364(1873頃)。「シトロンの花咲くところ」と言う場合もある。いずれにしろ、あの店とは正反対のような雰囲気の場所に違いない。
シトロンっていうのは、ブッシュカン(仏手柑)というもののことだそうだが、炭酸水にレモン果汁を加えた清涼飲料水のことでもある。
北海道ローカル商品なのかもしれないが、リボン・シトロンっていうのがある。いわゆるサイダーだ。リボンというのはサッポロ飲料のブランドである。
ここで私は気づいた。リボン・シトロンという商品はメジャーなキリンレモンに対抗すべく売られている商品なのでは、ということを。
そんなことはどうでもいいか……
私がこの曲で唯一持っているCDは、アバド指揮ウィーン・フィルによるライヴ録音の演奏。
「レモンの花咲くところ」の演奏は、1988年のニューイヤー・コンサートでのものだ(ほかにも1988年録音のものも収録されているが、さらに1991年のニューイヤー・コンサートのものも収められている)。
昔のニューイヤー・コンサートの演奏を、こうやって10年以上経った今も聴いているのは、なんだかすごくとぼけたことをしているような気になる。
そもそも私はニューイヤー・コンサートなるものにまったく興味がない。
なのに、なぜこのCDを買ってしまったのだろう。
全然思い出せないのが、また腹立たしい。
レーベルはグラモフォン。
月曜日は昼に着く便で仙台空港に到着。
風が強いということで、着陸態勢に入ってからは揺れが続き、着陸するときにはまっすぐ滑走路に着地するのかなというくらい左右に機体が振れていたが、私がいまこのように原稿を書けているのも、ひとえに優秀なパイロットによって無事着陸できたという証拠にほかならない。
空港には支社のKさんが迎えに来ていて、仙台市内へ向かう前に昼食を、と誘ってくれた。「何が食べたいですか?」とたずねてくれたが、冷静に判断すると明らかに行こうと決めている店があるようで、そこは空気を読んで「マック!」などと言わずに、「おまかせします」と大人の対応をした。
連れて行ってくれたのは“今昔庵”という手打ちそば屋。売り文句は「築120年 古民家のお食事処」。
非常に大きな民家で、かつては農家だったそうだが、この造りからして恐ろしく裕福な農家だったに違いない。メニューはそばとの日本料理(会席膳)だが、そばのメニューは、もりそば、冷しとろろ、鴨南せいろ、穴子せいろ、そして“そば好”なるもののみで、そう豊富ではない。
私は穴子せいろを頼んだが(鴨南とファイナル・アンサーを言う直前に、店のおばちゃんが「うちの一番人気は穴子です」というので、ライフラインで惑わされるがごとく直前に変更したのだった)、巨大な穴子の天ぷらがやわらかくジューシーで美味しい。そして何よりこしのあるそばがGood!。つゆは辛めの関東風。
それにしても、ふつうじゃこんなはずれにある店はなかなか見つけられない。案内してくれたKさんに「よく見つけましたね」と言うと、「いやぁ、人に教えてもらったんです」とのこと。正直でよろしい。
おなかが満たされたあとで、仙台市内の支社に行って2時間ほどの打ち合わせ。
はっきり言って、非常に充実した打ち合わせであった。
Kさんが「夜は何を食べましょうか?」と不安げな表情でいう。
「何でもいいですよ」と、再び大人の対応をする私。
「実は支社長も一緒させていただくんですが、牛タンはいやだと……」
お客さんなどが来るたびに牛タン屋に行っているので、もう牛タンは勘弁してほしいという話だ。そりゃそうだ。私だって札幌でお客さんが来るたびにジンギスカン屋に行っていたら、きっと今頃胸にウールマークが浮き上がって来ているだろう。
Kさんは私たちが「絶対に牛タン!」と言わないか心配で、それで表情が暗かったのだ。今回は内輪の食事だから支社長に無理を言うつもりはないし、ここでだだをこねるほど私は牛タン好きでもない。
吉報を支社長に伝えるKさん。そしてその意向を知った支社長は、うれしそうに「じゃあ美味しい焼き肉を食べに行きましょう」と言う。焼き肉?私としては、ヘビとトカゲが同じ爬虫類であるように、それは牛タンと同じ仲間だと思うのだが……。すっごく焼肉が食べたい気持ちでは全然なかったが、まあそれでもよい。
しかし、かわいそうに、その焼肉店は休みだったようで、おでん屋に変更。
天地がひっくり返ったような方針転換だ。もし私がすでに焼肉モードに入っていたら、ちゃぶ台の1つもひっくり返すところだった。
そのおでん屋は“三吉”といい、けっこうな有名店だそうだ。実際、非常に混んでいたし、いろんな芸能人の色紙なんかも張ってあった。
ダシがきいたおでんは絶品。しかも、このタコを見たらアイゼンシュタイン氏なら狂喜乱舞するに違いない。
他にキリタンポ鍋ともち豚しゃぶしゃぶも頼んだが、どれも私を幸福にさせてくれた。
ホテルに戻ったのは早い時間だった。
ロビーの天井からはラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943 ロシア)の「パガニーニの主題による狂詩曲(Rhapsody on a Theme by Paganini)」Op.43(1934)が流れていた。
この曲では最近、ヴァーシャリのピアノ、アーロノヴィチ指揮ロンドン交響楽団の演奏によるCDを買った。
そして、けっこう気に入っている。
というのも、ともすればガンガンとテクニックを押し付けてくる演奏が多いのだが(それもある種快感)、この演奏は非常に情緒的というか抒情的。たっぷりと歌い回してくれる。こういう演奏でこの曲を聴いたことは、これまでなかったような気がする。
同じことがカップリングされているピアノ協奏曲第2番にも言え、ぷんぷんと漂うロシアの香りを堪能できる。
「パガニーニ・ラプソディ」は1976、コンチェルトは1975録音。グラモフォン。
ロビーで狂詩曲のメロディーを耳にしたせいか、部屋に戻って食べようと思ったバナナクリームパン(缶のトリス・ハイボールのおつまみ)に対する執着が急にしぼみ、健康的に私は眠りについたのでありました。
さて、昨日書いた金曜日の夜のことを、きちんと小学生の日記のように、時系列的に記録に残しておこう。
この日の1軒目は、前にも記事で取り上げたことのある、狸小路4丁目にある長沼ジンギスカンの店“じんじん”。私はあまり羊肉は得意ではないが、それはあの独特の匂いがダメだからである。
といっても、子どものころは“焼肉”といえばジンギスカンしか食べたことがなかったし、週末のごちそうでもあった。
あのころは、田舎町に住んでいたせいもあるのだろうが、焼肉=牛肉ということなど私には想像もできないことだった。牛肉といえばコンビーフくらいのイメージしかない。だって缶に牛の絵が書いてあったもん。でも、“私はニューコンビーフ”しか食べたことがなかった。“ニュー”の方はその名の通り新しい技術によって馬肉がブレンドされているのだった。
物心ついて、初めて焼き肉専門店に行ったときに“カルビ”という品書きを目にして、えびせんかいな?と真剣に思ったほどなのだ。
それほどジンギスカンを食べていたのに、食べ過ぎたせいなのか、羊肉がダメになった。
ただ、心当たりはある。
1つは、自分でカレーライスを作ったとき、冷蔵庫にマトン肉しかなくて、それを使ったのだが、冷めたカレーの臭いで卒倒しそうになったこと(匂いが凝縮されていた)。
2つ目は、ある食肉処理工場でバイトしたときに、冷凍マトン肉を解凍する場所を通りかかったときに、その匂いで卒倒しそうになったこと(匂いが発散されていた)である。
本州ではあまり売られていないのかもしれないが、きれいな円状のスライスしたマトン肉。なぜ、あんなにきれいな円形なのか?羊の体にそのような部位があるのだろうか?
案外知られていないが、あれは成形された結果である。
私もそのバイトで初めて知ったが、骨付きの冷凍肉を一晩水槽に漬けて解凍する。そのあと骨をとり、巨大なラップの上に肉を並べ巻きずしを作るように円柱状にくるむ。そして再冷凍する。こうしてハムのような形の肉になるわけだ。スライスすれば見事に同じ大きさの円盤となるわけ。
私は羊肉コーナーの担当でなかったが、あそこで働くのは私には無理だ。ほんとすごい臭いなんだもの。
でも、味付けジンギスカンは今でもときどき食べたくなる。とくに“じんじん”の肉はとても柔らかくクセがない。しかも独特の形をしたジンギスカン鍋で、独特の方式で焼くので煙がほとんど出ないし脂もあまり飛び散らない。
ということで、“じんじん”に行った。
私はアルフレッド氏に狸小路の狸の置物の前で待っていて欲しいと懇願したが、それは拒否された。ということで、地下街ポールタウンの一角で待ち合わせをし、店へ。店で合流することになっていたヘルムート君は、約束の時間になっても現われず、その2分24秒後に慌ててやってきた。
まずはお得なジンギスカン+野菜セットを3人前頼み、そのあと単品で肉を2人前頼んだ。
私が選定しただけあって、喜んでジンギスカンを食べていた。アルフレッド氏にいたっては、喜びのあまり会食後30分にして、運ばれてきたばかりのウイスキーのグラスをひっくり返してしまったほどで、後ろの席にいたおじいちゃん+おばあちゃん+孫のような組み合わせのグループが「あんな大人になっちゃだめよ」と冷たい視線を背中に射していたほどだ。
“じんじん”はマスターの人柄も素敵で、女性の店長(実は肩書はよく知らない)も感じがいい。私は札幌でジンギスカン屋を人に紹介するとしたら、ここを選ぶ。値段も安いし。
いけない。
ジンギスカンの話だけでこんなに文字を費やしてしまった。
さて、2軒目はヘルムート君が学生時代にバイトしていた店にいたおじさんが独立開業しマスターを務めているバー・越後屋(仮称)に行ったのだが、ここに来るために、私はジンギスカン屋を選択するという計算があった。
ジンギスカン屋でならいくら話が盛り上がったとしても、そうそう長居はできない。1軒目をさくっと終わらせて2軒目へ行く。この日は金曜日だったから、越後屋も混む恐れがある。そういうことを複合的に勘案し、ジンギスカン→越後屋という流れにしたのだった。
越後屋のマスターとヘルムート君は感動的な再会を果たした。と言いたいところだが、多少は思い出話をしたものの、越後屋のマスターがあまり情緒的でないのか、想像したほどは会話は弾まなかった。やはり業務中なので遠慮していたのだろう。
ヘルムート君はバイト時代に一緒に撮った写真を持参してマスターに見せたが、写真の中のヘルムート君は今よりも少し肉付きがよかった。そして、そこには若き日のマスターが赤いカーディガンを着て写っていた。
それを横から見ていたアルフレッド氏が「還暦ですか?」と言ってしまった。
そのあと私たちは居づらくなり、2杯ほどおかわりをしたものの、他の客が入って来たのを機に逃げるように店を出た。
このまま帰るにはちょっと盛り上がりに欠ける。
そのように判断したツアー・コンダクターの私は、カラオケに行くことを提案した。
ヘルムート君は元気に歌った。アルフレッド氏は自ら犯した罪を忘れて歌った。
私はみんなを喜ばせようと、歌いなれないフランス語の詞のポピュラー・ソングを歌った。
みんな腹を抱えて笑っていたが、なぜ腹を抱えるほど笑われるのか理解できない。
でも、アルフレッド氏が「この歌、オーダマンボが聞いたら悔しがりますよ!」と言ってくれた。ということは、悪くはなかったのだろう。
何という歌かは教えないが、私は必死に歌詞についていった。Les baisers defendus,c'est Dieu qui les ordonne みたいな言葉をそれらしく歌った。
ということで、今日はフランス語の歌がついている曲を紹介しておこう。
フォーレ(Gabrierl Faure 1845-1924 フランス)の「シャイロック(Shylock)」Op.57(1889)。
この曲は、E.アロクールが台本を書いたシェイクスピアの「ヴェニスの商人」の劇の付随音楽。のちに6曲から成る組曲に改編している。
組曲の6つの曲は、
1. シャンソン
2. 幕間の音楽
3. マドリガル
4. 祝婚曲
5. 夜想曲
6. 終曲
で、シャンソンとマドリガルにテノール独唱が入る。
私が持っているCDはゲッダのテノール、プラッソン指揮トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団の演奏によるもの。
1980録音。EMI。
で、ヘルムート君、楽しんでくれましたでしょうか?
先日調布パルコで買った宮部みゆきの「ICO-霧の城-」(講談社文庫)は一気呵成に読んでしまった。ちょっと子供っぽい感じがするものの、とても面白い小説だった。この小説の舞台となった時代、そして場所は何も明らかになっていない。
いつの時代のどこでのことなのか不明なままだ。
そして、この小説はテレビゲーム「ICO」のノベライズなのだそうだ。
巻末の米光一成による解説によると、ゲームの「ICO」を宮部みゆきがとても気に入り、書き始めた作品なのだそうだ。
おそらく、あなたも読み始めたなら途中でやめられなくなるだろう。TVゲームをやり始めたかのように。
さて、私は常軌を逸していないが、ファリーナ(Carlo Farina 1600頃-1639 イタリア)の「常軌を逸したカプリッチョ(Capriccio stravagante)」。ファリーナはモンテヴェルディの弟子だったそうで、この常軌を逸したタイトルの曲は、「Ander Theil newer Paduanen, Gegliarden, Couranten, franzosischen Arien」(1627)という作品に含まれる(らしい)23の小曲からなるもの。
確かに「猫」や「犬」など、その描写がわかるが、全体を通じて常軌を逸しているとは言わないまでも、けったいな曲である。
この曲は先日紹介した「膀胱結石切開手術の図」と同じCDに収められている。
アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスによる演奏。CDタイトルは「バロック期の標題音楽集」。1969録音。テルデック(タワーレコードDetour Collection)。
家族旅行2日目の鎌倉の大仏にご対面しに行くというところまで、前回書いた。
鎌倉の大仏の背中側の窓が開け放たれていて、この感じが子供の頃読んだディズニー絵本の「ちいさないえ」の小さな家に似てるなと思ってしまった。
その日の昼は、長谷寺の入り口前にある“浅羽屋”という店に入った。
うなぎの店である。
が、何となく気乗りがしなかったので(私は週明けに再び東京を訪れ、その際にはうな重を食べる決意をしていたのだ)親子丼を注文した。
息子はカツ丼を、妻は天ぷら定食を頼んだ。
こうして、我が一家の3人は、揃いもそろってうなぎ屋でうなぎを拒否した。
私が食べた親子丼だが、懐かしい大衆食堂の味がした。ちょいとしょっぱめだったのと、値
段が大衆食堂並みではなかったことが非常に残念である。
食事のあと駅に向かって歩いていると、オバマ大統領が幼かりし頃に立ち寄ったという店が。「飲べた」のか……
そして江ノ島へ。
長い橋を渡って、また戻ってきた。
それだけ。
そして、再び江ノ電に乗って鎌倉へ戻り、もう一度駅の辺りをぶらついて横須賀線で品川へ。
品川のアトレで時間をつぶそうと思ったが、まったく見るべきところがなく、夕食をとることにした。アトレの中のつばめキッチン。
妻と息子はハンバーグ。
私はビールとフランクフルト。
本場のフランクフルトなのだろうが、私にはどうしても前日の揚げウインナーの方が口にあっている。
こうして2日目が終わった。
3日目。
妻は吉祥寺に雑貨やらなにやらを見に行くという。
私はそれを拒否し、チェックアウト時間までホテルに居残ることにする。妻は吉祥寺で息子と合流することとし、そのあとは羽田空港で私と落ち合うことにした。
チェックアウト時刻になり、私はそのまま空港に向かった。
だって、2つの重いかばんを持っていったいどこへ行けというのだ?
都内のどこかを見たいわけでもないし……
12時前に羽田に着いた。
帰りの飛行機は17時発だ。
まずはANAのカウンターに荷物を預ける。
「あの、乗る便はものすごく先の17時発の千歳便ですが、もう荷物を預かってもらえますか?」
「もちろんでございます」と、実に親切さわやかに答えてくれた。
がんこ寿司のように「よろこんでっ!」と言ったら面白いのになと、不謹慎なことを考えてしまった。
そうだ。国際線ターミナルへ行ってみよう!
京急で国際線ターミナルへ行ってみた。
旅行客なのか、単なる見物客なのかわからないが、けっこうショップ・レストラン街は混んでいた。でも、私にはちっとも面白くなかった。1周して終わり。
展望デッキにも人がたくさんいたが、駐機している飛行機は1機だけだった。
それなのに何が楽しいのだろう?国内線ターミナルの方がいいんじゃないのかな。
今度はモノレールで第1ターミナルへ行く。
久しく第1ターミナルへは立ち寄っていなかったからだ。
モノレールが着いてドアが開いた瞬間、すごく昔くさいというか、どぶ臭かった。
改札を出ると、なんとなく懐かしい。
そりゃそうだ。
第2ターミナルができるまでは毎回ここを使っていたんだから。
ここも1周して終わり。
時間があるので連絡通路を歩いて第2ターミナルへ。
第2ターミナル到着出口の前のART CAFEで立ち食いでポークカレーを食べる。
いつの間にか700円に値上がりしていた。
でもここのカレーは万人向けの味がして美味い。
あとは読書。到着階の奥の方の椅子でずっと「ICO」を読んでいた。このあたりはあまり人で混みあっていないのだ。あとちょっとで読み終わるというところで、妻が着いたと電話をよこした。
こうして、旅行は終わった。
帰り際に羽田空港で買った大船軒のサンドイッチ。家に帰ってから食べたがなかなか美味しかった。ハムサンドという本来あるべき姿に徹したシンプルさがいい(もちろん崎陽軒のシウマイ弁当も買った)。
出張の時にはあまり感じないのだが、「あぁ、やっと家に帰ってきた」という強い安堵感に襲われた。それほど今回の旅行のメンバーは私にとってストレスだったのだろう。
私は交響曲「帰国」を聴きたくなった。
外山雄三(Toyama Yuzo 1931- 東京)の交響曲「帰国」(交響曲第1番。1965-66/改訂'78)。
4つの楽章からなるこの作品は、彼の「ラプソディー」と同様、これでもかというほど露骨に日本民謡が使われている。あいづばんだいさんはぁ~とか、聴いていてちょいと恥らってとまどう私。
あぁ、ニッポン!
CDは外山雄三指揮東京都響によるものを。
2000年ライヴ。フォンテック。
先週末に強行されたプライベートな旅行。
平たく言うと家族旅行。
金曜日の朝に自宅を出て、その日のうちに新千歳空港から飛行機に乗り(当たり前だ)、昼過ぎに羽田に着いた。
モノレールと山手線、京王線を乗り継いで、次男坊が住む調布市へ。
息子は学校に行っているので、アパートに踏み込むことはできない。なので、その間に深大寺に行ってみる。
深大寺にはとにかくそば屋が多いと聞いていたが、ほんとにそば屋が多かった。
もう夕方で、この時間にものを食べてしまうと晩のビールがまずくなる。だから本来なら私は何も口にしないのだが、その日の昼ご飯は機内で食べた焼きたらこおにぎりだけだったので(心配していたとおり、食べている途中で焼きたらこが崩壊し、着ていたシャツの胸のあたりは、幼児が焼きたらこを
ぶちまかしたようになってしまった。幸いしっかり焼かれていて水分含有量が低かったので、払っただけで汚れが残ることはなかったが、申し訳ないことに機内の床は、悪質ないたずらをする愉快犯が謎の顆粒物質をまいたかのようになってしまった)、すっかりおなかがすいてしまっていて、ざるそばを食してみた。
なぜこのあたりにお互いがけん制しあうようにそば屋が集中しているのか知らないが(考えてみれば、北海道はそばの産地でもある)、時間のせいかもう閉じている店もあり、入り口に近い嶋田家という店に入ることを決意した。こう見えても、私は案外と“元祖”という言葉に弱いのだ。
結論から言うと、美味かった。
そばも美味かったが、ちょいと甘みのあるつゆが非常に私好みだった。
神田の藪なんかに代表される、まるで生醤油のようなつゆを私は好まない(が、そういう店が札幌でも多くなってきた)。そうではない優しい味わいがある嶋田家のつゆはとても気に入ったが、地ビールの“深大寺ビール”はまったくお好みでなかった。
食べ終えたあと、妻が売店で半生タイプのお土産そばを買った。自分の実家のためだ。
が、その結果、私は旅の最初にいきなり重い荷物を持たされることになってしまった。
調布駅に戻り、時間つぶしに“調布パルコ”に寄る。
私はここのリブロで文庫本を2冊と、山野楽器で“ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲”のスコア(全音)を買った。何もわざわざ旅先で買うこともないのに、私は自ら荷物をさらに重いものにしてしまった。
その後息子と駅そばのTOKYUストアで落ち合い、「何か買い足すものはないか」と聞くと、迷わず「米!」と答えた。ヨネではなくコメである。
で、5kg袋を買ったのだが、また私が持たされたらもう腕がちぎれると危機感を持ったが、さすがに息子が大切に抱えてくれたので助かった。
夜は調布駅前の“笑笑”で食べた。
理由は安く終わらせるためであり、このメンバーで笑いたいわけではない。
私は、“笑笑”に行くと必ず頼む“揚げウインナー”を最初に頼んだが、全国統一された安心できる味が旅の疲れを癒してくれた。
こうして旅行の1日目は終わった。
♪
さて、上の文と絶縁状態のように関係がないが、スヴェンセン(Johan Svendsen 1840-1911 ノルウェー)の交響曲第1番ニ長調Op.4(1871初演)と交響曲第2番変ロ長調Op.15(1876)。
スヴェンセンはグリーグとともにノルウェーの国民主義音楽を代表する作曲家だが、管弦楽曲においてはグリーグが小編成の作品を書くことが多かったのに対し、スヴェンセンは大オーケストラのための曲を書いた。
彼は最初ヴァイオリニストとして活躍し、その後指揮者の道を歩んだ。
マーラーより20年先に生まれたが、没年はマーラーと一緒だ。指揮者だったことも、大編成のオーケストラを志向したところもマーラーと一緒だ。だからどうした?
スヴェンセンの2曲の交響曲は彼の代表作ではあるが、あまり聴かれることはない。
壮大な景色を見ているようなイメージの曲。メロディーだって決して悪くない。ブラームスのシンフォニーを思わせるところもある。
ただ(これはグリーグにも当てはまらなくもないが)、心に引っかかるもの、つまり刺激が不足している。いけない!これは退屈を誘発する恐れがある!しかも、健康的でそつがない感じが、年金問題でゆれる今の不安な時代には合ってないのかも……
ということが、メジャーになりきれない原因なんじゃないかと思う。
厚い響きの箇所なんかけっこうぐっと来るし、はっとするような美しい響きも魅力的なんだけどなぁ(私はグリーグよりも好きかも)。
みなさん、病み気味の音楽ばかり聴いていちゃだめですよ!人のこと言えないけど……
紹介するCDはラシライネン指揮ノルウェー放送交響楽団。
1996録音。apex(原盤フィンランディア)。
昨日の昼は予告どおり、うな重を食べた。
ルパソさんと一緒に、帝劇地下の“きくかわ”に行った。
しかし私は不覚にも、ご飯を6分の1ほど残してしまった。
どうやら朝からおにぎり2個とカップヌードル・ミニを、しかもいつもより遅い時間に食べたのが敗因としか考えられない。
おとといの夜はちょっと飲みすぎた。
私が東京勤務時代に一緒だった人と-仮に彼の名をルパソにしておこう-飲んだのだ。
ルパソさんは私が東京から札幌に転勤した1年前に、先に札幌に転勤。
そして今年、再び東京勤務となった。
で、今回の私(そしてMr.鉋)の出張に同行してくれたのだ。
子供でもない私たちに、なぜわざわざ出張に同行してくれたのか?
実は今回は東京から千葉の、それも遠くの方に行かねばならない任務があり、ルパソさんの力で車を出動させてもらわねばならなかったのだ。
そこで、「ねっ?お願い!」と頼み込み、車で羽田まで迎えに来てもらい、そのまま海の下の道を通って千葉へ乗せてもらった上に、お昼ご飯までごちそうになってしまった。
写真を見るだけではとても仕事とは思えないだろうが、本当に仕事なのだ。
だが、たまたま行かねばならなかった場所が九十九里浜の近くであったこと、そのあたりはハマグリが有名だったこと、そして昼食を食べるために入った店はハマグリを供する態勢にあったことから、焼きハマグリを食べたのだ。決して観光気分ではない。
実際、無気力げに、そして空腹げに車を走らせていたとき、偶然にも“海の見えるお食事処”という看板が目にとまり、飛び込みでそこの店に入ったにすぎない。計画性は全然ない。ましてやそこの売りがハマグリだったなんて事前に知る由もなかった。それにしても、看板の重要性と効果を身を持って理解できた貴重な経験をさせてもらった。
ハマグリを賞味することが目的でなかった証拠に、私はハマグリだけではなく、サラリーマンらしくそこで親子丼を食べた。意外や意外、大衆食堂的な誇り高い味がする実に美味しい親子丼であった。
一方、ルパソさんはアジの塩焼き定食を注文したが、大きなアジが2匹も盛られていた。
Mr.鉋はアジフライ定食を頼んだが、大きなフライが3枚も盛りつけられていた。
私は先日の仙台の特大ヒレカツ定食を思い出さずにはいられなかった。
そして想像通り、あのときの私のように、アジフライ定食を食べたあとのMr.鉋はアヒルを丸呑みした後の毒蛇のようにのたぁ~っとしていた。わかるなあ、あの苦しみ。
で、仕事を終え都内に戻る。
積もる話は特にはないが、とにかく飲み過ぎた。
朝目覚めたときには暗い幻覚を見続けているかのように、“シランクス”のメロディーが頭の中で響き渡っていた。
ドビュッシー(Claude-Achille Debussy 1862-1918 フランス)の「シランクス(Syrinx)」(1912)。邦題は「パンの笛」。無伴奏フルートのための作品だ。
パンはギリシャ神話の牧神の神。
パンといえば、のちに削除されてしまったが、マーラーの交響曲第3番の第1楽章の標題でも取り上げられていた。
ドビュッシーの独奏フルートによるこの不思議な曲は、友人であるG.ムーレイの戯曲「プシュケ」のために依頼された付随音楽の1つだが、1つと言っても実際に作曲されたのはこの曲だけだった。
調性が不安定というか、離脱しているというか、なんとも言えない曲。不気味さと孤独感をはらんだ幻想的だ音楽だ。
私は高校時代にこっそりと深夜番組、11PMとかトゥ・ナイトを観ていたとき、そのどちらかの番組で、この曲が使われたあまり動きのないCMが流れていたのを思い出す。
なんのCMだったかさっぱりわからないが、金がかかってない感じで深夜じゃなきゃ流せないだろうなって感じのCMだった。
その退廃的な画像にこの曲はなかなかぴったりだった。
ランパルのフルート独奏によるCDを。
彼によるフルート名曲集。
「シランクス」の録音は1967年。エラート。
東京に出張に行く月曜の朝。
いつものようにキオスクでタバコを買ったら、ふだんは能面のように客をさばいている店員が、「いつもありがとうございます。これ、サービスです」と100円ライターをくれた。
信じられなかった。
こんなこと言われたことも、されたこともなかった。
でも、すぐに理由がわかった。
子どものいたずらに対応していないライターだったのだ。
在庫整理ね……
ありがたかったが、私はそのライターをあとでそっと捨てた。
機内にはライターは1個しか持ち込めないから。
親切を無にしてすいませんでした。
MUUSAN
クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。
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