読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行した「保存版」です。  いまは“新・読後充実度 84ppm のお話”として更新しています。左サイドバーの入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。  背景の写真は「とうや水の駅」の「TSUDOU」のミニオムライス。(記事にはアフィリエイト広告が含まれています)

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

バラ

葬送の音楽を口ずさみながら害虫駆除♪マゼール/POのGM5

a9fcb238.jpg  月曜日の夜に自宅に帰って、即寝。
 なぜなら、お酒を飲んで帰ったから。

 夜中は寒くて目が覚めた。
 というのも、かけるための寝具を私はなぜかすべて蹴り落としていたから。

 起き上がり別室に行き、この季節なのに“した”あとはブルブルと震えて、そのあとタオルケットに春巻のアンのようにくるまって寝た。

 翌朝。
 いつもどおり5時前に目が覚める。
 が、空は暗く鉛色。そして雨上がりですべてが濡れている。
 とても庭の早朝作業をするコンディションではない。

 それでも、バラがいくつか咲いているのが窓から見えたので、2本線入りのジャージのズボンを履いて、上はシャツの上にそのままジャンパーをはおり、おっとその前にキッチンあたりにアリが侵入していないかチェックしたが生体反応は私が見たところなかったので一安心し、玄関に向かってサンダルを履いて、庭を歩いた。庭といっても数歩歩けば抜けきってしまうような広さだ。わが家の庭がメビウスの帯でなくて、それでも良かったと思う。一生かかってもメビウスの帯の上を歩き続けるアリ。そんな絵を思い起こしてしまった。

 レディ・エマ・ハミルトン。
 前回帰宅したときにつぼみだったものは、もう散っていた。
 次のつぼみがいくつかあったが、この子はつぼみ以外を私に見せようとしていないのではないかと、ちょっと悲しい気持ちになる。

 このとき咲いていたのはブルー・フォー・ユー(写真)とオールド・ブラッシュ・チャイナ。
 が、美しさに見とれようとしたとき、私はブルーな気持ちになった。
 というのも、葉に草だんごを極小化したような物体がいくつかのっかっていたから。
 覗きこむと、その上の葉の裏にそれなりに立派な毛虫がいるではないか!

ad7b98f2.jpg  バラに毛虫が発生することはこれまでもあったが、ここまで大きくなってることはそうそうなかった。
 他も見渡すと2匹発見。無毛症の小さな毛虫、わかりやすくいえばイモムシ・アオムシ系のものも発見。

 バラは雨で濡れていて、こんなときに殺虫剤を散布しても効果は薄いが、それでもいまここに生存しているやつらに直接かかれば駆除はできるだろう。

 私はオルトランとスミチオンを混合し、さらに殺菌剤のサプロールも加えて、マーラーの第5の第1楽章、つまりは葬送行進曲を口ずさみながら散布した。
 その後雨が降り出したが、きっとやつらはもがき苦しみ、亡くなったに違いない。

 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第5番嬰ハ短調(1901-02。その後たびたび管弦楽配置を変更)。
 今日はマゼール指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏を取り上げる。

 この演奏、威勢が良くて(ノーテンキにバカ騒ぎしているという意味ではない)シャープな仕上がり(C sharp minorだからというつまらない洒落ではない)。オーケストラをたっぷり歌わせ、また強弱のアクセントを強調しており、それはまったく奇異ではないが、ある種ユニークなもの。聴けば聴くほどはまる。
 たとえば、第1楽章の冒頭の葬送ファンファーレの緊張感も、奏者の緊張そのものが音になっているかのよう。この楽章の最後の1音も、他にはあまりないような響き。とどめ!って感じだ。
 第4楽章の弦は、なぜかあまり美しくない。ざらついたのもいいじゃないの、ってことか。
 その分、第5楽章で伸びやか、かつ、ダイナミックな演奏を聴かせてくれてるし。
 なかなかカッコイイ、お薦めの1枚である。

 2011年ライヴ。signum。

「倍返し」と言えない私のじぇじぇ的代替手段♪ネゼ=セガンの「幻想」

6a4bbd6b.jpg  今朝になって、これからの日々、生きて行く希望を見失っている人も多いのではないだろうか?

 ドラマ「半沢直樹」が終わってしまったからだ。

 ふだんテレビドラマなど観ない私も、これは楽しみにしていた。この3話ほど。
 というのも、3話前まで観ていなかったからだ。たまたま3話前に観たら面白かったのでその後観続けてしまった。だから、世界陸上の中継でドラマだ休みになってひんしゅくを買ったなどということは、後から知った。

 「やられたらやり返す。倍返しだ!」なんて、実際の仕事でそんなこと言ったもんならとんでもないことになる。
 そこで私は考えた。自分が社会で実践できることを。

 「倍返しだ!」ではなく、「ババ返しだ!」と言って、トランプのジョーカーを差し出してはいかがだろう?
 憎き相手は「じぇじぇ!」と驚くにちがいない。

 よし、トランプを買ってこよう。
 ジョーカーだけ単品で販売されていないのが残念だ。だから実行に移した際は、その札を回収しなければならないのが、ちょっとカッコ悪い。

 「ババ返しだ!」で本気で相手がむっとしたら、「今度ぜひご一緒にババ抜きをしましょう。私は弱いですよ」とごまかそう。

 そうそう、「あまちゃん」も今週で終りだ。
 両方を観ていた人にとっては痛手が倍だろう。
 心よりご同情申し上げる。

 倍返しどころか、愛が憎しみに変わったために相手の女性を魔女に仕立てて、自分の失恋話を堂々と音楽にしたとんでもない露出狂野郎はベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-69 フランス)。ご存じのとおり、その曲は「幻想交響曲(Symphonie fantastique)」Op.14。

 今日は最近リリースされた、若手のホープであるネゼ=セガンが指揮した演奏を。オーケストラはロッテルダム・フィル。

 ガンガンやってくるかと思ったら、実に精密な演奏。というか、あまり物語(標題)にとらわれず純音楽的なアプローチだ。
 その点では意外に感じる人もいるだろ。私も彼のブルックナーを聴いたときとはちょっと違う印象を受けた。

 ここにあるのは病的で狂信的なベルリオーズの姿ではなく、良い人になってしまったベルリオーズである。その点、第2楽章や第3楽章の方が、私にはうまくいってると感じた。まさにロマン派の交響曲の仕上がり。この曲には珍しく、「あっ、この曲フランスの音楽だったんだ」とも気づかされる雰囲気もたたえている。。
 第4楽章や第5楽章も音量は十分だが、下品にならない。愛が憎しみに変わり彼女を魔女に仕立てたものの、やっぱりそこまでひどくは描けないって感じだ。
 表面的には物足りないような印象だが、聴けば聴くほど味が出るスルメのような深い演奏である。

3e28bffe.jpg  第1楽章と第4楽章のリピートあり。第2楽章のコルネットの助奏なし。

 2010録音。BIS(SACD)。

 さて、この連休は晴れが続いたので、バラの手入れをすることができた。
 特に数か月ぶりに薬を散布できたのは、私には大いなる喜びである。
 実際、葉は病気で汚くなっていたし、オレンジと黒の毛虫や緑色の奇怪なイモムシに食われているものがたくさんあった。
 今回はオルトランとサプロールの混合液を散布。
 もう、咲いている花もまばらだが、今回いちばん華やかだったのはスウィート・メリナだった。

 なお、今年のプルーンの収穫はゼロ(!)。ブルーベリーは4粒と悲惨だった。

 脈については、昨日は異常を感じなかった。

書いていたらちょっぴりピザが食べたい気分に♪ピッツェッティ/レクイエム

dd25d8e9.jpg  前にイングリッシュ・ローズの“ティージング・ジョージア”を移植したことを書いた。

 カーポートの建て替えに伴い、移し替えなければならなくなったのだが、かなり根が深くまで張っていたものの場所的に深く掘り下げることができず、かなり根を切断せざるを得なかった。加えて移植には不向きの時期だった。

 移植後元気がなかったが、やっぱりだめだったようだ。
 残念なことをした。
 そこでレクイエム。

 ピッツェッティピツェッティ。Ildebrando Pizzetti 1880-1968 イタリア)の「レクイエム(Messa di requiem)」(1922)。

 ピッツェッティ(にしても、打ちにくい名前だ)は近代イタリア音楽の復古主義を推進した人で、ルネサンス・バロック音楽の精神に立ち返った作品を残した。中世旋法の使用を特色とするという。

aa239091.jpg  パルマ音楽学校で学んでいたときにグレゴリオ聖歌の奥の深さに魅かれ、またパレストリーナやヴェッキに傾倒した。それによってピッツェッティの作風はポリフォニックなものになり、ギリシア旋法やグレゴリオ旋法の特性を織り込んだものとなっている。
 天野秀延はこれについて、「一見伝統的な和音組成から一歩も出ない彼の音楽が、異常な深さと生鮮な響を生む根元をなしているのである」(新訂「大音楽家の肖像と生涯」:音楽之友社。原文ママ)と指摘している。

 またまた井上太郎著の「レクィエムの歴史」(河出文庫)から引用させていただく。

 ……特に1922年に書かれた無伴奏のレクィエムは真の傑作といえる。
 演奏時間30分ほどのこの曲は「レクィエム(入祭唱とキリエ)」「怒りの日」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」「リベラ・メ」の5楽章よりなる。ソプラノ、アルト、テノール、第1バス、第2バスの5声部で書かれた「入祭唱」ではドリア旋法が、「キリエ」ではフリギア旋法が主として用いられている。全曲の半分近くを占める「怒りの日」は、冒頭からグレゴリオ聖歌の原旋律がアルトとバスのオクターヴのユニゾンで唱われ、それを第2ソプラノと第2テノールが、同じくオクターヴのユニゾンで、中世のシネ・リッテラ(言葉なし)と呼ばれる母音唱法により装飾する。この効果はすばらしい。「哀れなる我何をか言えん?いかなる弁護者に願わんや?」からは8声部となり、グレゴリオ聖歌の原旋律を唱う第2バスの上に見事な対位旋律が展開される。これがスティーレ・アンティーコ(古様式)の巧みな活用にとどまっていないことは「正義により罰し給う審き手よ、我に許しの恩寵を下し給え。応報の日より先に」での盛り上がりが示しており、特にこの章の最後の「慈悲深きイエズスよ、主よ、彼らに安息を与え給え、アーメン」は美しさの極みだ。「サンクトゥス」は女声4声部、男声が8声部に分かれてヘ長調で始まる。前半ではヴェネツィアで16世紀に創始された複合唱様式が回顧されており、後半になるとホモフォニックの部分が多い。次の「アニュス・デイ」は4声部による短いもの。ニ短調で書かれた「リベラ・メ」からは、ヴェルディのレクィエムの遥かな谺が聴き取れよう。


 このように大絶賛ともいえる取り上げ方だが、いやいや、実際なぜ“ヒット”しないのか不思議なほどの名曲なのだ。

 井上氏が「この効果はすばらしい」と書いている、「怒りの日」の原旋律に対する装飾は中世の唱法というが、このヌラヌラ感はむしろ目新しく感じる実に印象深いものだ。一緒に口ずさみたくなる(気色悪いだろうが)。
 また、グレゴリオ聖歌の「怒りの日」の原旋律は、例えばベルリオーズの「幻想交響曲」やラフマニノフの「パガニーニ・ラプソディ」などで引用を耳にすることができ、むしろ引用によって私たちはその偉大なるメロディーを知っているのだが、グレゴリオ聖歌そのもののメロディーを聴くことは、実際はなかなかない(→例えばここには収録されている)。
 なかなか出会えない「怒りの日」の原旋律が、このようにレクイエム作品の「怒りの日」に用いられているのは珍しい例だろう。

 にしても、まさに敬虔な気持ちになる曲だ。別次元の時の流れの中に放り込まれたかのよう。
 この曲を聴いても純な気持ちにならない人がいるなら見てみたいものだ(いや、名乗りでなくてよろしい)。

 イベント用に書かれた肥大化したレクイエムの対極にあるこの作品は、ピッツェッティの妻の死に捧げられたという。

 井上氏は同書のなかでパルクマン指揮のシャンドス盤を推薦しているが、私は未聴。
 私が聴いているのはカメラータ・ヴォカーレ・フライブルクの演奏によるもの。指揮はToll。
 1999録音。ARS-MUSICI。

 ところで、家に帰って来た金曜日の夜。
 家に着き遅い夕食(もちろん飲酒を伴う)をとっていたら、左胸のあたりが時折ピクッ、ピクッっとする。それだけでなく、そのたびに全身の感覚が変な感じだ。
 手首で脈をとってみる。
 胸がピクっとするときには脈がとぶようだ。
 こんなことは初めてだ。
 が、そのうち年に何度か私を襲う悪寒が。

 ふとんに潜りこむとしばらくして震えは治まったが、相変わらず胸はピクっピクっとする。
 心臓の発作か?
 春に受けたドックでは心電図に異常はなかったのに……
 死の不安が私を襲う。
 いままで害虫を殺したことを反省する。
 明日の朝は迎えられないかもしれない。
 寝付けない。すごい汗をかく。暑い。が、タオルケットをはぐと、寒い。
 汗でびちゃびちゃなのでいったん着替える。が、少し悪寒がぶり返す。
 再びベッドに。
 救急車を呼ぶべきだろうか?でも、なんて言う?胸がピクピクするんですって言って、来てくれるだろうか?救急車が来たら近所の人たちに迷惑だし恥ずかしいな。近くに来たらサイレンを止めてくださいって頼むことはできるんだろうか?

 そんなことを考えながら悶々として……気がつくと朝だった。
 たぶんこの世の朝だ。
 ピクピクは治まっている。
 あれが不整脈というものなのだろうか?
 朝、ネットで調べたら、不整脈には心配しなくてもいいものと、放っておいては大変なものがあるそうだ。だったら、私はどうしたらよいのだ?
 まあ、こんなふうにしてるんだから、心配しなくてもいいものなんだろう。
 今度いつもの主治医のところに行ったときに聞いてみよう。

 昨日の日中は無理は禁物と、雑草抜きもほどほどにした。
 が、反省したことを反省し、また無事に今日の朝を迎えられた私は、朝のうちにバラたちに殺虫剤を散布するつもり。

トーマスとジョージアの生死を分けた理由は何?♪ファリャ/スペインの庭の夜

8f425fcb.jpg  木~金と後志(“しりべし”と読む)地方に出張。
 木曜日の夜は小樽に泊まった。

 現地支社の方と夕食を共にしたが、事前に予約したと言ってきた店が“白木屋”。

 白木屋が悪いとは言わないが、せっかく小樽で食事をするというのにそれはあまりにセンスならびに配慮に欠けると、当御一行様の一員であるヤマダ課長が申し入れてくれたおかげで、チェーン展開の店は回避することができた(だが、もしかして嫌がらせだったのかもしれない)。

 かといって、自分のことをよく見つめ直してみれば、生魚系は苦手なわけだから、かえって白木屋でザンギでも頬張った方がよかったかもしれないなと、一夜明けて思ったりもした。そういえば、小樽には“なると”という有名な鶏の唐揚げもあったな……

 金曜日は用務を終えて、そのまま自宅に戻った。
 日が短くなり、夜になろうとしているなか、私は外回りをチェックした。

83bb18ca.jpg  頼んでい置いた傾いたカーポートの修理も終わっており(修理といっても、傾きを直すことは大変で、建て直したのだが)、少なくとも今年の冬は、カーポートが倒壊するんじゃないだろうかという不安を離れた地で抱き続ける必要はなくなった。

 撤去したカーポートの支柱の横に植えてあった2種のイングリッシュローズ、グラハム・トーマスとティージング・ジョージアは、あらかじめ庭の中央部-ここは、今日の記事のために、今回短期的にスペイン広場と名づけた-に移植しておいた。

 移植には不向きな季節であったにもかかわらず、グラハム・トーマスは定着したようだ。しかし、ティージング・ジョージアはあまり元気がない。写真では枯木のようにさえ見えるが、反対側の下の方にはまだ緑色の枝がある。そのままダメになるか助かるか微妙なところだ。

 私は複雑な思いで彼女たちを眺めながら、ジョージア・エメラルドマウンテン・ブラックを飲み、口元に付着した滴を、まだ子どもが小さいときに使っていてもうぼろきれになっている機関車トーマスが描かれたタオルで拭いたのだった。

 その、ある事情に基づき、今日はファリャ(Manuel de Falla 1876-1946 スペイン)の交響的印象「スペインの庭の夜」(Impresiones sinfonicas “Noches en los jardines de Espana”)(1909-15)。ギャレゴによる目録番号はG.49。

d8eeebf2.jpg  3楽章から成るピアノと管絃楽のための作品で、形としてはピアノ協奏曲である。

 当初は「3つの夜想曲」というピアノ独奏曲として作曲が始められたが、途中でピアノとオーケストラのための作品に変更された。

 スペインは8~15世紀にアラビアの統治下にあったが、そのときの中世の文化遺産として豪華な庭園が残されている。ファリャはその中の2つの庭園の印象を音楽にしたのだった。

 ファリャの故郷・アンダルシアの民俗舞曲のリズムやメロディーが用いられているが、もとの曲をそのまま用いてはいない。作曲開始時はパリに滞在していたせいか、ドビュッシーやラヴェルの音楽を思わせるところがあり、オーケストラは色っぽさがある。
 一方、ピアノは美しく流麗だが、強く自己主張することはない。
 
 第1楽章「ヘネラリフェにて(En el Generalife)」
  ジャスミンの花が香る夜のヘネラリフェの庭。
 第2楽章「遠方の舞踊(Danza lejana)
  どこかわからないが、遠くから異国の踊りの音楽が聞こえる庭。
 第3楽章「コルドバの山の庭にて(En los jardines de la Sierra de Coerdoba)
  聖体祭の日のコルドバの庭。ジプシーたちが集い、歌い、踊る。

 アルゲリッチのピアノ、ラヴィノヴィチ指揮スイス・イタリア語放送管弦楽団の演奏をここでは挙げておこう……と思ったら廃盤になっているようなので、ソリアーノのピアノ、デ・ブルゴス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏を。
 ちょいとオーケストラに下手っぽさがあるが……
 1963録音。EMI。

昨日はピンクだったのに、今日は緑になってたんです♪ヒンデミット/ウェーバーVar

acc13630.jpg  写真のバラは“グリーンスリーヴズ”という品種である。

 なぜ“グリーン”なのかというと、写真に写っている花の色は薄いピンクだが、これが日が経つにつれ淡い緑色に変化するのである。外観の変化、つまり変容しちゃうわけ.
 じゃあ、なぜ“スリーヴズ”かというと、なんででしょうね?どこに袖があるんでしょうね?

 ピンクからグリーンへと花色が変容するのは確かに珍しいのだが、実のところあまりきれいじゃない。逆に汚らしさが目立ってくる。
 グリーン系のバラなら、私は枯らしてしまったけど“緑光(りょっこう)”をお勧めしたい。

 ヒンデミット(Paul Hindemith 1895-1963 ドイツ)の「ウェーバーの主題による交響的変容(Symphonic Metamorphosis on themes of C.M.v.Weber)」(1943)。

9194bd75.jpg  ヒンデミットというと「画家マティス」とか「世界の調和」なんかが有名だが、それはタイトルであって、タイトルの知名度ほどは実際にはそれほど聴かれていないと思われる。

もしかすると、彼の作品で最も演奏される機会が多いのは、この「ウェーバー・ヴァリエーション」かもしれない。

 ヒンデミットはナチスに睨まれて1938年にはスイスへ、さらに'40年にはアメリカに渡った。この作品はそのアメリカ時代の成功作である。作品の情報については、こちらを参考にしていただければと思う。

 本日はアバド指揮ロンドン交響楽団の演奏を。
 まさにシンフォニックに響き渡るエネルギッシュな演奏。精緻な名演のコリン・デイヴィス盤にパワー面でちょっと不満を感じる人にはうってつけの演奏だ。

529aac10.jpg  1968録音。デッカ。

 わが庭で“グリーンスリーヴズ”の横に植えられているのは“スイート・メリナ”。これが派手な花を咲かせると、“グリーンスリーヴズ”のただでさえ薄い存在感は、ほとんどゼロになってしまう。
 が、“スイート・メリナ”、ちょっと派手過ぎって感じはする。なんだかいいだけ飾り付けた顔の大きなセレブ奥様って印象だ。買う時に見た写真では、こんなんだとは思わなかった。
 私としてはもう少し清楚な感じの花が好きなんだが……

 あっ、そうそう、有名な「グリーンスリーヴズによる幻想曲」という音楽作品、ならびにこの幻想曲の原曲については、⇒こちらこちらをご覧いただければと思う。

暑い中、朝から晩までひたすら獲物を待つ……♪ハイドン/Sym6-8

5b8c8c80.jpg  変装趣味があるちょっと変わったカエルと遭遇した日の翌日、11日のこと(それにしても、あれは本当にカエルだったんだろうか?外に追い出したあと、すぐに気になって見に行ったらどこにも姿がなかったし……。もしかしてツウだったのかも。あるいはカエルではなくカワズだったのでは……あっ、一緒か……)。

 帰宅して夕食を作ろうと思いIHヒーターの主電源スイッチを押すと……パイロットランプがつかない。

 いや、これだけならランプが切れたということもあり得る。

 で、向かって左側のヒーターのスイッチを入れる。
 うんともすんとも言わない。
 いや、主電源スイッチのところからジリジリともチリチリともつかない音が出ている。昔、じいちゃんが観ていた真空管の白黒テレビの画面が横縞スクロールしか映さなくなったときに、ブラウン管の裏側で火花が散っていたときの音に似ている。

 IHヒーターは機能しない。

 次に魚焼きのグリルのスイッチを押してみる。死んだ魚のようにびくともしない。

 最後に右側のヒーターのスイッチを入れてみる。なぜかここだけ機能している。
 が、ほどなくしてヒュイ~ンとダウンしてしまった。

 アリだカエルだとちん入者があったかと思ったら、今度はついに寿命が尽きてしまうという犠牲者が出た。

 まずい。
 私は夕食をどうしたものか悩んだ。故障の原因究明より-どうせ考えたってわからないし、総括すれば十中八九老衰だ-も、まずは腹ごしらえだ。

 あっ、そうか!卓上IHヒーターがある。ホットプレートもある。
 そのことで一安心すると、今度は新たに購入するとなるといくらかかるのかと不安になる。ウチのはビルトイン・タイプで、確か安いものでも20万円は下らない。カーポートの建て替えを考えている場合じゃないかもしれない。

 ホットプレートの上に死んだ魚-今回は干物-を置きながら、片手でIHヒーターの主電源スイッチを入れたり切ったりしていた。7回に1回くらいはパイロットランプが点灯する。そうなると、左側のヒーターもグリルも電源が入る。が、すぐにヒュゥ[E:down]ンとダウンする。
 相変わらず主電源スイッチの奥、つまり機械の内部からは、ジリジリ、チリチリという異音が発せられている。火を吹くかもしれない。そう思った。

 が、どうしたことだろう。
 急に音は消え、すべての機能が元に戻った。
 左側もグリルも、もちろん右側も、すべてが何事もなかったかのように復活した。
 私はホットプレートの上でジワジワと焼けつつある干物を取り上げ、すぐにグリルへと移した。

 いったいどういう原因でおかしくなり-確かに家を建てたときに買ったもので15年も経つので故障してもおかしくないが-、それ以上に、どういうことから復活という奇跡が起こったのだろう?
 糸巻きカエルだの奇跡だの、変なことばかり起こる……

 そして12日、金曜日の話。
 お知らせした通り、私はお休みをいただいた。

03d53272.jpg  朝。
 目覚めて外を見ると、モヤがかかっている。
 早朝にバラたちに薬-殺虫剤と殺菌剤-をかけようと前夜から企画していたが、湿ったなかでかけても効果が薄れるので断念する。

 セイコーマートに行って朝刊を買い、家にあった1週間前で期限切れになったどん兵衛・天ぷらそばを食べる。お湯を沸かすと、うん、IHクッキングヒーターは何事もなかったかのように正常に作動した。

 そのあと、ボトボトと落ちてくる夏ツバキの花柄を拾ったり、雑草を抜いたりした。モヤから一転、晴れてきたのでやっぱり農薬をかけようと思ったが、アルフォンス・ドーデの花のなかにカエルくんがいるのを発見。昨日の“糸巻きガエル”かと思ったりもしたが、見たところ体には糸くず一本ついてないし、大きさも一回り大きいので、多分別人だろう。いずれにしろ顔がそっくりなので見分けがつかない。

 例年だとニュー・アヴェマリアというバラの花にカエルが潜んでるのだが、今年は冬に地際から折れてしまい、花をつけるに至っていない。きっとカエルくんは-去年とは同一人物ではないだろうけど-同じように大きな花をつけるアルフォンス・ドーデに、今年は基地を替えたのだろう。私自身がカエルじゃないため、なんで花にいるのか、この子の考えていることはわからない。が、花に寄って来る虫を捕らえようとしてるんじゃないかと思う。
 いずれにしろ、トゲのある枝を登って来るのはご苦労なことだ。

e0162ec1.jpg  昼。
 午前中の庭いじりでけっこうヘトヘトになりながらも、期限がもう10日過ぎた卵を茹でる。卵の消費期限というのは生食する-要するに生卵-場合の期限であって、完全に火を通せばいつまでも-異臭を発するまでは-大丈夫である。
 そこで私は完熟玉子にした。つまり堅ゆでであるが、どうして半熟玉子という言葉があるのに、完熟玉子とは言わないのだろう?
 で、冷凍してあったカレーを温め直し、そのゆで玉子をトッピングして、玉子カレーにした。

 そのあと、カーポート建て替えの打ち合わせで、ハウスメーカーの人がやって来た。
 「もう少し値引きなりませんか?」
 「これが精一杯なんです」
 「そ、そうですか……。じゃ、これでお願いします」
 「ありがとうございます」
3f2ba5a6.jpg
 ということで、値引き交渉は成立せず、契約締結。
 情けないやつだという声に、一言だけ反論させてほしい。見積もりが出た時点で、けっこうお値引きしてくれていたんです。だから、アタシ、それ以上のわがままは言えなかったんです。
 すまん。ふた言になってしまった。

 夕方。
 クックドゥの四川風麻婆豆腐の素を使い、回鍋肉を作る、わけがなく、麻婆豆腐を作る。
 本来なら、豆板醤と甜麺醤を使って作るのが私の得意料理の1つだし、これまた自分で言うのも何だがなかなか美味しいのだが、冷蔵庫にそういった調味料がなかったので安易な道を選択した。あとはシャリアピン風ステーキ。ただし、肉は豚肉。
 ビールとハイボールと中辛の麻婆豆腐と、はっきり言えばポークソテーという、字づらでは豪華なメニュー。野菜が不足、というよりも皆無だが……
 
 というわけで、この日の朝、昼、そして夕方はこのように過ぎ去った。充実しているようなしてないような、しかしあっという間の平日のお休みだった。

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の交響曲第6~8番。
 つまり、
 交響曲第6番ニ長調「(Le matin)」Hob.Ⅰ-6(1761?)
 交響曲第7番ハ長調「(Le midi)」Hob.Ⅰ-7(1761?)
 交響曲第8番ト長調「(または、晩。Le soir)」Hob.Ⅰ-8(1761頃)。

 1761年からハイドンはエステルハージ侯爵の宮廷副楽長となったが、侯爵から三部作の交響曲の作曲の依頼を受けた。
 こうして生まれたのが、朝・昼・夕の名を持つ3曲だが、ここの楽団には各楽器の名手が揃っていたために、この3曲、交響曲というよりもバロック期の合奏協奏曲、あるいは協奏交響曲のような様相を見せる。
 
 各曲とも4つの楽章から成るが、第7番の第2楽章についてはランドン校訂の原典版では2つに分割されており、5楽章構成となっている。
 また、第8番の第4楽章は「嵐(La tempesta)」と記されている。
 楽器の掛け合いが楽しく、そしてまた心が弾むような音楽である。

 マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの演奏で。第7番は5楽章として演奏されている。
 1980録音。フィリップス。

 写真のバラは“ストラボ・バビロン”という品種。
 去年購入したものだ。やたらアブラムシにたかられて気の毒だ。
 特徴ある花がとてもかわいいので、特に念入りに殺虫剤をかけてあげた。

肉じゃがもカレーも、ポークが好き!♪Dvorak/Sym1

04099f79.jpg  このバラの花は“マチルダ”。すでに全開になった状態である。

 マチルダはフロリバンダ・ローズで、1988年に作出されたフランスの品種。香りはわずか。私自身はここまで開いてしまった姿よりも、開きかけの方が好きである。

 ところでジャガイモにもマチルダという品種があるのをご存知だろうか?
 収穫量があまり多くないが、とても美味しいというファンも多い。

 で、ジャガイモというとあなたはどんな料理を思い浮かべるだろうか?
 好きか嫌いかは別として、私は“肉じゃが”である。そしてもちろん、肉は牛ではなく豚である。だって、北海道の人だもの……

 牛肉か豚肉かはともかく、肉と関係ある作曲家にドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904 ボヘミア)がいる。

 ドヴォルザークはプラハの北側30kmほどのところにあるネラホゼヴェスに生まれたが、父親はそこで旅館と肉屋を経営していた。
 アントニン・ドヴォルザークは長男だったので、父は肉屋を継がせるつもりだった。そして、小学校を中退させて30kmほど離れたズロニツェの町へ肉屋の修行に出したのだった。そこには母方の親戚が住んでいたのである。

 1855年になってドヴォルザークの両親もネラホゼヴェスからズロニツェに移り住み、そこで飲食店を始めた。
 ドヴォルザークもしばらくそこで働いたが、早くから音楽的才能を示したドヴォルザークを知る叔父は、家業を手伝わせようとした両親を説得、学費も援助してプラハのオルガン学校へ入学させた。1857年のことである。

 ドヴォルザークは、かろうじて文盲ではなかった程度だと言うが、それは途中で小学校に通うのをやめなければならなかった影響だろう。

450429f4.jpg  1859年にプラハ・オルガン学校を卒業したドヴォルザークは、ヴィオラ奏者としてあちこちのオーケストラに加わったが、そこから本格的な音楽の道に入ったということになる。

 彼の交響曲第1番ハ短調Op.3,B.9(1865)には「ズロニツェの鐘(Zlonicke zvony)」という名がついている。作曲者自身がつけたタイトルだ。

 「ズロニツェってなに?」だって?
 あのさ、ここまで書いてきたことを読み飛ばしたでしょ?今日は前置きも短いっていうのに……

 町の名前です。肉屋の修行をしたところです。少年アントニンがとってもたいへんな思いをした-勝手な想像だけど-町です。
 その町の印象を、彼は最初の交響曲で取り上げたのです。
 とはいえ、この曲は標題音楽ではない。

 生前には出版されず、また、作曲家自身によって破棄されていたと思われていたが、1923に発見された。それまでは現在の第6番の交響曲が第1番と呼ばれていた。

 ドイツ・ロマン派の影響が強く残る音楽だが、すでにドヴォルザークの個性が感じられる。ただ、散漫な印象は拭えない。

 ノイマン指揮チェコ・フィルの演奏で。
 1973録音。DENON。

ジンマシンが出るほどではないが感動的♪ジンマンのマラ2

7bd563bc.jpg  ちょっぴり昨日の記事の続き。

 ノネズミによって地際の幹が食いちぎられた株もあると書いたが、ほれ、こんな具合だ。

 このバラはミミエデン(Mimi Eden)という樹高が1mにも満たないもの。“小さな楽園”っていう意味の(ミミであってミニではないが、そうらしい)素敵な名前なのにこんな風になっちまって、エデンの園はやはり呪われているのかいな?
 ところで、「小さな楽園って股間のことか?」って真顔で意味不明なことを言っていたO君、底なしに反省しなさい!

 実はミミエデンは、通常の冬囲いをしなかった。
 背丈の低いバラなので、ガーデンチェアーを上に置いて、それで雪を防いだのだった。
 ということは、結果的にじゃ雪に埋もれたあとも株の周囲に空間ができ、ネズミも滞在しやすかった。というのが、私の推理。一緒に猫のぬいぐるみでも置いときゃよかった……意味ないな。株は雪に守られたが、食われちまった……

 私のミミエデンはもはや絶望的と思うが、元気なときの可憐な花を思いながら復活することを願うしかない。

6f5f1a0e.jpg  マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第2番ハ短調「復活(Auferstehung)」(1887-94/改訂1903)。

 ソプラノとアルトの独唱、混声合唱を伴う巨大なオーケストラによるこのシンフォニーについて、耳タコだろうがあらためて書くと、第3楽章まで仕上げたころに指揮者のハンス・フォン・ビューローが亡くなり、その葬儀で耳にしたクロプシュトックの詩による「復活」の合唱にマーラーは感銘し、同じ詩による合唱を終楽章である第5楽章に用いた。
 また、第4楽章では歌曲集「子供の不思議な角笛」の第12曲「原光(Urlicht)」(1892?)を転用して用いた。
 ただし「復活」というタイトルはマーラー自身が付けたものではない。

 第1番と比較すると、編成規模は巨大化し、演奏に要する時間も長大化しており、とりとめのないようにも聴こえるが、第1楽章に出てくるグレゴリオ聖歌の「怒りの日」のメロディーがa24200a7.jpg 終楽章に出てくるなど、さすがマーラーだけあってきちんとドラマティックに仕立て上げられている(アンチ・マーラー派にとっては、それがオーバーでクサくていやなのだろうけど)。

 前にも書いたが、マーラー好きの私も、第2番は他の交響曲に比べ苦手だった。「だった」と書いたが、今でもほかの交響曲より聴く頻度は低い。現実の時間以上に、精神的に長く感じるから。

 が、ジンマンの演奏はそうではなかった。
 あっという間に全曲が終わってしまう感じである。
 あまりくどくないせいか?いや、それだけではない。くどくない演奏は他にもあるし、くどい演奏ですばらしい演奏もある。なんか知らないけど、ジンマン・マジックはたいしたものだ。
 そして特に終楽章は感動的。ゾクゾクする。

 ジンマンのマーラーはこれまで第9第10第1と取り上げてきた。
 どれもけっこう!感心する。
 が、ジンマンにここまで感動させられるとは自分でも意外(第9番も感動的余韻が残るが)。
 もしマーラーがこの演奏を聴いたら、けっこう満足するんじゃないか。そう想像してしまう。
 巷の評判通り、録音も優秀。

 バンゼ(S)とラーション(A)の独唱もすばらしい。オケはチューリヒ・トーンハレ管弦楽団。合唱はスイス室内合唱団。
 2006録音。RCA。

陽だまりと突然襲う尿意の話♪チェリのブルックナー/Sym3

f9c4c4b6.jpg   ここの赴任地では雪もほとんど融け、私も先週、冬用の靴から夏用の靴に履き替えた。

 とはいっても、首都圏の人たちが履くような靴底がツルツルのものではない。“真冬以外用”と私が勝手に命名している、底にはそれなりにギザギザの模様が入っているものだ。
 だって、ツルツルだと雨の日のタイルの上とか、とっても滑って怖いんですもの。

 さて、私が履くと、靴底はなぜ両足ともかかとの外側が減るのだろう?
 どんな歩き方のクセがこんなふうにするのだろう?
 自分ではO脚ではないと信じているが、必ず両方のかかとが外側から減っている事実は、O脚が疑われる。実に不思議だ。

 冬仕様の靴から夏仕様の靴に履きかえると、スキー靴からサンダルに履き替えるほど劇的な変化はないものの(そりゃそうだ。底のパターンが違うだけなんだから)、それでもなんとなく嬉しい。

 嬉しいといえば、朝も明るくなる時間も早くなり、夜暗くなる時間も遅くなった。簡潔に言うと、日が長くなったということ。

 それとはあまり関係ないが、「傍聞き」のあとに私が買った長岡弘樹の小説は「陽だまりの偽り」(双葉文庫)。

35138111.jpg  物忘れのひどくなってきた老人が、嫁から預かった金を紛失。だがこのことで、老人は同居 している彼女の気持ちに触れる――表題作。市役所管理の駐車場で人が転落死した。事件は役所内の人事に思いもよらぬ影響を与えた――「プレイヤー」。日常に起きた事件をきっかけに浮かびあがる、人間の弱さや温もり、保身や欲望。誰しも身に覚えのある心情を巧みに描きだした5編。

 というのが、裏表紙に書かれた紹介文。

 「傍聞き」に引き続き、これも唸った。いや、近所の犬でなくて、私が。
 コブラツイスト級のひねりだ。

 表題作のなかで老人が外出中に急に尿意をもよおし、我慢の限界寸前になる場面があるが、わかります、この危機的状況。私も飲んだ帰りになることがあります。困ったもんです。

 それはそうと、“ラ・パリジェンヌ”に続き“夢紫”も死んでしまった可能性が高いと報告したが(一応知らない人のために親切に説明すると、どちらも薔薇の株苗のこと)、年末に“サカタのタネ”に注文していたバラ苗の“ブルー フォー ユー”が先日届いた。

 私のブルーな気持ちを後押ししてくれるようなタイミングの良さと言える。

627f0124.jpg  この苗は鉢に植えられた状態で送られてきたが、もちろん自宅に帰っても庭はまだ雪山で地植えできないし、添付されてきた説明書きにも、根を痛めないようしばらくはそのまま管理せよと書かれていたので、その状態で置いておくことにした(つまり私には他に選択肢がない)。

 このイキイキとした葉、太くて生命力を感じさせる枝を見て、「おぉ、これこそがバラの本来の姿」と私は感慨無量になり、「よし、ダメもとでもう一度あの2つの枯木を蘇生することにトライしよう」と思い立った。
 ご覧なさい。植え替え前のミニ・トドワラのような風景を。

 近くに園芸店がないので、不本意ではあるが、土はまたまた百均で買った。
 今回は土の通気性を一段と高めるため、腐葉土を多めに“花の土”に混ぜて使うことにする。

 夢紫を鉢から抜き取ると、根は腐っていないし、見たこともないイモムシが自然発生していて根を食い荒らしていたということもなかった。これだけ見る限りでは、まだなんとかなりそうだ。

 細い根を切り払い、植え直す。
 にしても、ひどい腐葉土だ。百均だから仕方と言えば仕方ないが、かなり質が悪そうだ。毒が混じってることなんて……ないよね?いや、重金属の宝庫だったりして。

 ラ・パリジェンヌは根も枯れているようだ。
 根を切ってもみずみずしさはない。枝を切ってもまったくもってセルロース野郎状態。やっぱご臨終だと思いつつも、一応植え替えた。

 夢紫については、もし助かるとしても、それは台木の方だけかもしれない。バラ苗は接ぎ木してあるので、上の夢紫そのものはもうだめになっている恐れがある。あるいは、台木までも復活しないかもしれない。

 そしてまた、立て続けに2つのバラがおかしくなったのは、疑うべき要素としては、植えつけ方が悪かった、土が悪かった、部屋の環境が悪かった、などが考えられるが、どうも土のような気もしてきた(あるいは、これまた百均で買った液体肥料)。
  新芽が、ブルックナーの3番の第4楽章開始部のようにヒュルヒュル、ヒュルヒュル、ヒュルヒュル、ヒュルニュル、ヒュルニュル、ニュルニュル、ニュルニュル、ニュルヒュル、バーンバーババーブゥ~……と伸びてくるという夢のようなことが起きればいいのだが……
 いずれにしろ、助かったら儲けもんである。

51474750.jpg  ブルックナー(Anton Bruckner 1824-96 オーストリア)の交響曲第3番ニ短調WAB.103(1872-73/改訂1876-77)。
 「ワーグナー交響曲」の愛称で呼ばれることもあるが、それはこの曲がR.ワーグナーに献呈されたことによる。また、初稿ではワーグナーの楽曲からの引用か随所にあった。しかし、改訂が重ねられるうちに、引用箇所は削除されていったという。

 ブルックナーというと、伝えられている風貌や振るまいから、どう考えてもダサイおっさんなのだが、この第3番第1楽章の開始や第4楽章の開始なんかは、宇宙的というか未来的な感じがする。

 この曲の初演は、1877年にブルックナー自身がウィーン・フィルを指揮して行なわれたが、オーケストラは曲を理解できず、指揮は下手くそ、聴き手にはチンプンカンプンで、終演時にはほとんど会場に人が残っていなかったという。
 そんななか、残っていた聴衆の1人に、当時17歳ぐらいだったマーラーがいたという。
 マーラーはこの曲に、どんな革新性を感じたのだろうか?(革新性と決めつけるのは私の勝手な思い込みである)。

 チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルの1987年ライヴ。
 たっぷり引っ張ったりテンポが遅かったりというのは、チェリビダッケにとってはいつものこと。でも、この演奏、ずいぶんと響きが薄い。どうも、私が抱いている理想のブルックナー像とは異なる。
 ホールのせい?録音のせい?それとも、チェリビダッケの狙い?
 あの新着バラのように、がっしりしたのが好みなのだが……
 EMI。

二つの人格の同盟=元は1人♪シューマン/ダヴィッド同盟舞曲集

716700da.jpg  シューマンは自分の雑誌を通じて、ロマン派音楽を精力的に鼓吹した。「ダヴィッド同盟」なるグループを結成して、音楽について論じたり、評論記事を執筆するメンバーにペンネームを与えた。シューマン自身は、精力的な一面を反映させた「フロレスタン」と、内省的な面を示す「オイゼビウス」の2つの名を多用した。……「ダヴィッド同盟」はペリシテ人(俗物)、つまり、安全でけばけばしい音楽だけを良しとする想像力欠如のブルジョアや知ったかぶり、音楽的ペテン師らを排撃することを目的としていた。 (H.C.ショーンバーグ「大作曲家の生涯」:共同通信社)

 シューマン(Robert Schumann 1810-56 ドイツ)はロマン派の闘士を自認していたが、ダヴィデがペリシテ人と戦った物語に、俗物主義に対抗する自分を託したわけで、ダヴィッド同盟とは架空のものである。
 つまり、香川県を、架空の“うどん県”というのと同じ、じゃないか……

 シューマンが書き残した批評の数々を抜粋した「音楽と音楽家」(吉田秀和訳。岩波文庫)の最初はこうだ。

 この間、オイゼビウスがそっと戸をあけてはいってきた。この男の蒼白い顔にうかぶ、皮肉な、いかにも好奇心をそそるような微笑は君も知っているはずだ。僕はフロレスタンといっしょにピアノの前にすわっていた。このフロレスタンというのは、君も知っている通り、およそ来るべきもの、新しいもの、異常なものなら何でもみな予感するという、まれにみる音楽的な男の一人だ。……

 これはすべてシューマンが作り上げた世界なのだ。
 オイもフロも、どっちもシューマン。
 やれやれ……
 
53a78338.jpg  そのシューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集(Die Davidsbundlertanze)」Op.6(1837)。全18曲-「18の性格的小品-から成る。
 この曲は最初、フロレスタンとオイゼビウス作曲として出版しようとした。しかし、それを受け入れる出版社はなく(そりゃ、断られるのも無理もないわな)、自費出版された。

 全曲はクララが作曲した動機をモットーとして扱い、各曲の末尾にF(フロレスタン)かE(オイゼビウス)のイニシャルが入っていた。Fの署名の曲は動的で、Eの署名の曲は静的である。
 このイニシャルはシューマンの名で出版された第2稿では削除された。

 ということで、ポリーニの演奏で(他の演奏を知らないのね、私)。
 2000録音。グラモフォン。

 花までつけていたバラの“夢紫”が2日前から急に元気がなくなった。
 というよりも、重い急病にかかったかのようだ。
 いったいどうしたというのだろう?
 私が出張で留守したために、寂しさのあまり病んでしまったのだろうか?
 いずれにしろ、まずい……

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